小津安二郎 「東京暮色」

東京物語」の感想と時系列が前後しますが、「東京暮色」の感想を遅ればせながら、書いてみます。

  「東京暮色」は有馬稲子の美貌と薄幸の運命が見事にマッチした名作だと思います。ただ、世間ではあまり評判が芳しくなく、有馬さんの演技力に難癖をつける人もいるみたいです。たしかに、有馬さんの演技はお世辞にも上手いとは言えず、脇役の上手さに支えられている印象です。特に母親役である山田五十鈴が娘役の原節子を列車で待つ姿は圧巻の演技力です。僕はこのシーンがとても好きで、特に演出効果として明治大学の校歌がホームに響き渡っているのですが、これが本当にすばらしい。通常、校歌はエールを送るはずのものですが、ここでは異様に悲しく聞こえるのです。というより、むしろ悲しみを増大させるような効果を意図している。まさに小津監督の演出力がきらりと光っているシーンだといえるでしょう。

   もう一人の脇役として、父親役の笠智衆がいるのですが、これがまた良い。彼は銀行に勤めているのですが、そろっとぬけだしてパチンコに興じているシーンがあります。彼は妻に逃げられ、仕事にあまり身が入らず、娘たちは結婚生活や恋愛に失敗し、暗く沈んでいます。この空虚さからパチンコに興じる姿は哀愁が漂い、人生の難しさをひしひしと感じる。今、笠智衆のような父親役をこなせる役者は日本にいません。もっと言えば、こんな独特な演技をする人は、後にも先にも現れないでしょう。

   現在の役者は動的に迫力をもった演技をする人が割合多いですが、笠智衆のような静かな迫力をもつ役者はあまりいません。もちろん、小林薫なんかは笠智衆の域に達しているような気もしますが、悲しさや哀愁がまだまだ足りない。

   やはり、こういう役者の欠如が今の日本映画を駄目にしているのだろうとよく思います。大衆は派手なひとばかり求めるが、映画においては人生と同じように脇役の介入が欠かせない。どうも今の日本社会はいろんなレベルで脇役が軽視されているように感じる。まぁ、嫌な世の中ですが明日も頑張って生きてみましょうか。こんな世の中だからこそ空元気でもださなきゃ、やってられませんからね。

ではでは。